沿革

2006年 地中海学会賞受賞

地中海学会賞受賞の挨拶 一橋大学地中海研究会 加藤 博

 一橋大学地中海研究会の特徴は、次の二つに要約されると思います。第一は、想像力とアイディアを膨らませ、 自由で闊達な意見交換のなかで、つまり軽いフットワークでもって、地中海世界に接してきたということです。

そもそも、一橋大学地中海研究会は、大学紛争の後の荒廃した大学キャンパスにあって、ビザンツ学者の渡辺先生と 地理学者の竹内先生が、フランスの歴史学派アナールの時間と空間の融合の理念に触発されて、「何か面白いことをやろう」 と始められたものでした。そこでは、学際的とか地域横断的とかの大げさな言葉は飛び交いませんでしたが、討論や会話において軽々と、 そしてさりげなく専攻や地域の境界が越えられていました。

第二は、基本的には同じことですが、「地中海世界」を、歴史的実在としてよりも、自覚的に、一つの分析のための地域概念、 地域的枠組みと捉えようとしてきたことです。そのため、「地中海世界」とは何か、が正面きって問われることはまれでした。 重要なのは、「地中海世界」という地域設定をすることによって、なにが新しい問題群としてわれわれの前に姿を現わすかでありました。 研究会に集まってきた研究者はすべて、自分の仕事に大きな誇りを持っていましたが、同時に、歴史学であれ地理学であれ、 日本の既存の学問体系に対する批判や物足りなさの感情を共通に持っていたように思います。批判の矛先は、国家単位の研究でした。

一橋大学地中海研究会は、2006年、34年目を迎えました。この間、メンバー構成も、研究会の雰囲気も変わりました。 決定的だったのは、近年における研究環境の大きな変化です。1980年代まで、研究会はほぼメンバー全員の出席のもとで、 かならず月一回開催されていました。ところが現在では、学問がますます専門化されてきたうえ、研究のプロジェクト化と研究の拠点 (COE)化によって、研究者、とりわけ若い研究者は自分の専門に関係する「研究会」を梯子せざるをえない情況にあり、 研究会メンバーが一同に会することは難しくなっています。数多く開催される「研究会」では、学際的とか地域横断的とかの掛け声が 交わされますが、研究者には、自分の研究を比較によって相対化するという心の余裕はないとの印象を受けます。 そのようななか、一橋大学地中海研究会もその所期の役割を終え、そろそろ幕引きかなと思うこともたびたびです。

そのようなとき、私の脳裏に必ず浮かぶのは、古参の研究会メンバーで、1988年、若くして亡くなられたイタリア史研究者清水廣一郎氏 の次のような言葉です。「やめることはいつでもできる。地中海の北を研究しているものが、恥の感情を持たずして、まったく初歩的な 質問を地中海の南を研究しているものにできる機会は多くない。続けましょう」。実際、現在の学問情況を考えるとき、昔とは異なる意味で、 今こそ、われわれのようなネットワーク型の、そして「大人」の研究会が必要とされているのではないかとも思います。

(2006年地中海学会賞「受賞の挨拶」から)

このページの上部へ